みなさん、こんにちは。クラウド会計専門公認会計士の中田裕司(なかたゆうじ)です。
2021年3月28日付 grapeにこんな記事がありました。
ボウリング場で、お客同士で教え合うのは、教えられる側は断りづらいし、やがて、ボウリング場に行くのが嫌になり、ボウリングをやめる原因になるのでやめてほしいという、とあるボウリング場の「教え魔」の貼り紙を取り上げた記事です。
確かに、教えられる側からすれば、うっとうしいと思いますし、教えてもらうならお金を払ってプロに教えてもらうよという気持ちになりますよね。
お客同士でアドバイスするというのは、なかなかないことかもしれませんが、仕事やプライベートでアドバイスを求められる状況は溢れていると思います。
いま、わたしは、ひとりで事務所を運営していますので、アドバイスをするといったら、お客様しかいませんが、かつては、組織に所属しており、部下にアドバイスすることもありました。
今日は、わたしが組織に所属していたときに、部下へのアドバイスで気をつけていたことを紹介します。

アドバイスすることで何を達成したいのか
部下に対してアドバイスすることは、何の目的があるのでしょうか?
わたしは、
- 問題解決(教える側・教えられる側に共通)
- 知識の獲得・整理(教える側)
- 自分で解決するための道具を獲得(教えられる側)
を目的として、アドバイスをしていました。
問題解決
これは言わずもがなですが、アドバイスを求められるのは、部下が何かに困っているわけですから、その困りごとを解決するのが目的なのは当然です。
(これは、組織内部だけではなく、お客様からアドバイスを求められる場合にも当てはまります)
知識の獲得・整理
アドバイスを求められたときに、教える側があたふたするときがあります。
それは、アドバイスを求められた分野の知識がなかったり、知識があっても整理されていなかったりする場合だと思います。
自信がないから、他の人に聞いて!!というときもありますが、アドバイスを求められたことをいい機会として、勉強したり、知識を更新・整理したりする方もいると思います。
わたしは、アドバイスを求められたときも、法律などの専門性が高い分野でない限り、「分かりませんので、他の人に聞いてください」ということはしませんでした。
(これも、お客様からアドバイスを求められる場合にも当てはまります)
自分で解決するための道具を獲得
アドバイスをするときに、答えだけを教えるのではなく、答えに至る過程も含めてアドバイスすることで、教えられる側が単に答えを知るのではなく、自分で考え、道筋を立てて、解決を目指すための道具を獲得してもらうことを意識していました。
(教える側から見れば、部下の成長を促すということですかね)
アドバイスするときに意識していたこと
わたしが、部下にアドバイスをするときに意識していたのは、
- 教えられる側が何を知りたいかを意識する
- 答えをすぐに教えない
- 質問されるまではこちらから教えない
の3つです。
教えられる側が何を知りたいかを意識する
かつて、所属していた会社の上司に「教える側が何を伝えたいかではなく、教えられる側が何を知りたいかを意識したほうがいい」と言われたことがあります。
教えられる側が何を知りたいかを意識しないと、気づきを得るという教えられる側の期待には応えられず、モヤモヤ感やイライラ感が残ってしまいます。
実は、先ほどの言われたことは、とあるセミナー講師をするときのセミナー講師としての心得だったのですが、セミナー・研修だけでなく、日頃のOJTでも同じだと思います。
教える側だけが気持ちよくなっても仕方がありません。
教える側もかつては教えられる側だったわけですから、かつての自分の立場に立って、相手が何を求めているかを考えたいものです。
(相手が何を求めているかを考えるという意味では、ビジネスでも同じですよね)
答えをすぐに教えない
答えを教えれば、時間もかからないし、楽です。
ですが、教えられる側は、すぐに答えが教えてくれる人のことをありがたいと思っているかというと、必ずしもそうではありません。
すぐに答えを教えてくれる人を、「歩くGoogle検索」ぐらいにしか思っていない人も一定数います。
そういう方は、自分で考えて答えを出すことをしないので、成長もしないし、長期的に見ると、損失が大きいです。
とは言え、何のヒントもなく、自分で考えなさいというのは厳しいので、ヒントを出すのはありだと思いますし、それでも解決できないのであれば、答えを教えます。
また、教えられる側の答えが間違いだったとしても、答えに至る過程がどうだったかを理解し、その過程のここが間違いだから、別のアプローチを教えるといったことも意識したいものです。
質問されるまではこちらから教えない
自分は関与していないけど、何か解決しなければならない問題があるときに、何も聞かれていないのに教えてしまったら、教えられた側はどう思うでしょうか?
教えた人のことを、「でしゃばりやがって」・「歩くGoogle検索」と思う方もいらっしゃるのではないでしょうか。
教えてほしいと思ったら、その道に詳しい方に聞きますし、何より、自分で考え、道筋を立てて、解決する機会を失い、長期的に見ると、損失が大きいです。
(なお、単なる情報提供や情報共有、明らかな間違いであれば、聞かれなくても教えることが必要です。税理士で言えば、助成金や補助金の情報提供、顧問先の会計処理の間違いの指摘が該当します)
まとめ
今日は、わたしが部下にアドバイスするときに気をつけていたことを紹介しました。
わたしは、コーチング的なことを勉強したわけでもないので、理論的ではないのかもしれませんが、かつて所属していた会社の部下は成長していましたので、あながち間違いでもないのかなと思います。
こういった類の話は何が正解なのかがわからない面もありますが、正解を探しつづける姿勢がいいのかもしれませんね。
編集後記
4月4日がイースター(復活祭)ということを、あつ森で知りました。